動物を殺すことについて
動物を殺すことについて
久しぶりの更新は、シュリーラ・プラブパーダと神父の会話です。これは、YouTubeで紹介されている動画で、内容を邦訳してスーパー字幕にしたものです。
動物を殺すことに罪の意識のない人に、その罪や愚かさをどのように説明すべきか。クリシュナ意識を理解し、人に伝えるときには、私たち一人ひとがそれなりの理解と方法を持たなくてはなりません。この動画のなかで、シュリーラ・プラブパーダは人に道を教えるべき立場にいる神父に、だれにでもわかりやすい言葉で説明しています。
YouTubeにはシュリーラ・プラブパーダの動画がたくさんアップされています。時間をみつけて、別の動画を訳し、アップしたいと思っています。
多くの人が見てくださることを期待しています。
2015/4/8 ナーガ・ナターナ・ダース記
2015/4/8 ナーガ・ナターナ・ダース記
第17節 第18節 第19節 第20節 第21節 第22節 第23節 第24節 第25節 第26節 献愛者も曲芸を楽しむ――そんなエピソードですね。ラーダーとクリシュナを囲む輪は、いつも笑いの渦に包まれていました。歩けばそれが踊りになり、話せばそれが歌や詩になる。精神界はそのようなところです。献愛奉仕をまっとうした献愛者が辿りつくのはそのような世界です。
先月半ばに降りた霜で、庭のマリーゴールドがみんな枯れてしまいました。 朝のアーラティーに捧げる花がとうとう庭からなくなってしまいました。 それで先日、冬の間捧げる鉢花を買ってきて部屋におきました。 ルクリア、プリムラ、ミニシクラメン、ストック。 香りがあるか確かめて買うので、大の大人が二人で鉢を手にとっては匂いを嗅ぎまくっている様子を見てお店の人が変な顔をして見ていました。 確かめたあとはもちろん、匂いを嗅いでいない鉢を購入です。 外に置いてあった羽衣ジャスミンも、家のなかに入れたら新しい花芽がついているのに気づきました。来年2月はじめ頃には祭壇を芳しい香りで満たすことでしょう。 ビオラやパンジーも捧げます。 でもこの3~4年、寒さのせいで冬越しが難しくなっています。 それに鹿の好物ということもあって、せっかく植えても食べられてしまいます。一度根こそぎ掘り起こされてしまった株は植え直しても育たないまま枯れてしまいます。 それで今年はこんな温室を作りました。 これなら、寒さからも鹿からも花を守ることができ、クリシュナを喜ばせることができますね。 ここ数日かかっていた雲が晴れたら、山はすっかり雪景色になっていました。 記・バクティン節子(2016.12.8) ヴァイシュナヴァの他界日 神の教えを説いた偉人や哲学者は過去無数にいます。しかし、西洋人に「クリシュナ」について、クリシュナ意識について教えた人物は一人もいません。機が熟していなかったのです。カリ・ユガというもっとも堕落したいまだからこそ、救いを待ち望む人々がいます。そういう人たちがクリシュナ意識の崇高な教えに接することができたのです。 シュリーラ・プラブパーダの弟子たち・献愛者たちはシュリーラ・プラブパーダをJagat-guru(ジャガトゥ・グル)「根源の師」と呼びます。根源の師はシュリー・クリシュナ、その教えをヴェーダ経典という形で世に広めたシュリーラ・ヴャーサデーヴァ、そしてその教えを理解して、解説書、法話、交流をとおして、クリシュナのありのままの教えを私たち現代人に説いてくださったのがシュリーラ・プラブパーダです。 どれだけ感謝してもその恩に報いることはできません。 だからこそ、シュリーラ・プラブパーダから授かった知識を理解し、その理解にもとづいて生きることが、シュリーラ・プラブパーダへの恩を返す方法です。 グルは弟子たちを精神界に導きます。弟子たちは精神指導者の足跡に従って生きます。 その様子を、シュリーラ・プラブパーダは渡り鳥のたとえを使って説明されました。 渡り鳥は群をなして目的地に飛んでいきます。その先頭には必ず1頭の鳥がほかの鳥たちを率いています。それがグルです。 しかし、あとに続く鳥たちは、結局は「自分の力」で目的地に飛んでいかなくてはなりません。 私たちはシュリーラ・プラブパーダのあとに続き、精神界に向かって飛びつづけます。 シュリーラ・プラブパーダから授かった献愛奉仕の力で。 ナーガ・ナタナ・ダース・記(2014.10.27) ジャガンナータ・オーランタン 先日、近くの道の駅の「訳ありコーナー」で小さな50円のハロウィンカボチャを見つけ、(ハロウィンに興味はありませんでしたが)遊び心をくすぐられてほかの野菜といっしょに買いました。 鮮やかなオレンジ色のカボチャは、そのまま置いておくだけでもハロウィンのきもちにさせてくれます。でも、どうせならよく見かける三角目玉でギザギザ口のジャックオー・ランタンを作ってみようと、ネットで調べました。 カボチャのわたや種を取りだして目や口を小刀などで切りあけます。以外と簡単にできそうですが、ジャックではなく作ってみたいキャラクターが身近にいることに気づきました。 ジャガンナータです ジャガンナータは神さまの中でも多種多様なデザインとして表現できる素晴らしいキャラクターだと思います。愛くるしい表情と個性的なキャラ、不思議な存在感にだれでもが惹かれます。 故猪熊弦一郎画伯のアトリエを兼ねたご自宅にジャガンナータの絵が飾られていたのを本で見たことがあり、ジャガンナータは著名な画家の心もとらえたことに感激した記憶があります。 さて、作業は思っていたより果肉が厚く、ティラカの部分は切り落とさぬよう注意しながら2時間ほどかけて仕上げましたが、とても楽しい時間でした。 来年は種からカボチャを育て、バララームもスバドラも作ってみましょうか。 山栗に胡桃、銀杏、さつまいもなどの秋の実りに感謝しました。 Jaya
Jagannath! バクティン節子(2016.10.21) ラーダー・マーダヴァ 今年も待ちに待ったクルミ収穫の季節 1600個ほど採れた大豊作だった去年につづき、今年も同じほどの収穫がありそうです。 でも、実(み)は少し小振り。 毎朝、落ちている実を見つけるのは楽しいものですが、木に実っているのを落とすほうがもっと楽しい収穫のひととき。木が大きく育っているので、上のほうに実っているのを叩き落とすのはあきらめ、自然に落下するのを待ちます。 毎年がんばってたくさん実をつけてくれるこのクルミに名前をつけてあげました。 プレーマ「愛情」 自分の実をクリシュナにささげている木――愛情とともに。 そしてきのうは、ラーダー・ゴーヴィンダ、シュリーラ・プラブパーダを洗ったチャラナームリタ全部を、幹、葉、枝、そして根にかけてあげました。 記:ナーガ・ナタナ・ダース 2016.9.28 ラーダーシュタミーを祝って 9月3日はシュリーマティー・ラーダーラーニーの降誕日・ラーダーシュタミーでした。我が家の神像ラーダー・ゴーヴィンダに捧げた私たちの思いを、おふたりは受けとってくださったでしょうか。 シュリーラ・プラブパーダは次のようなことばを残しています。 私たちはよくラーダーラーニーに祈ります。クリシュナの喜びの力だからです。「クリシュナ」ということばの意味は「すべてが魅了される方」という意味ですが、ラーダーラーニーはそのクリシュナでさえ惹きつけるほど魅力的な方なのです。クリシュナがいつでもだれにでも惹きつける方であり、そしてそのクリシュナまでがラーダーラーニーに惹きつけられるのだとしたら、シュリーマティー・ラーダーラーニーがどれほど高貴な立場にいる方か、かんたんにわかるはずです。 記 ナーガ・ナタナ・ダース
ジャンマーシュタミーはクリシュナの降誕をお祝いする祭。 我が家でもささやかにお祝いをしました。 この日のために作った神像のドレスは、オレンジ色を基調にして白のケミカルレースとスパングルのモチーフでアクセントをつけてみました。 ガーランドは庭にあふれんばかりに咲いているメリーゴールドの花びらを使い、クリシュのためのガーランドには柔らかく薄い藤の葉でピンクのフロックスの花びらも入れて作ってみました。 プラサーダムはいつもより種類が少なかったのですが、サモサはもちろん、スイーツは自家製ヨーグルトでティラミスを作りました。 夫が忙しかった今年のジャンマーシュタミー祭でしたが、頑張ってお祝いすることができ、二人でほっとしています。
「サブジ」は野菜料理のこと。 インド料理はクミン、クローブ、コリアンダー、グラムマサラ、ターメリック、チリパウダー、カルダモン、フェネグリーク、マスタードシード、等のいろいろなスパイスを使って独特の味と旨みを出しています。 インドレストランかインドの方か、よほどのインドびいきの日本の家庭でない限りこんなに沢山のスパイスは揃えていらっしゃらないと思います。でもインド料理風味のサブジをカレー粉だけでかんたんに作れるレシピを紹介します。 ○ ナス、ほうれん草、カードのサブジ 材料 4人分 1 牛乳を鍋で沸騰させ、火を止めて酢かレモン汁を入れるとチーズと乳清が分離します。 2 ザルなどにさらし布などを置き1を流し入れ乳清とチーズを分けます。 3 さらし布に残ったカッテージチーズの水分をよくきり、ひとかたまりになった物がカードです。布に包んだまま重しをして水をきる方法もあります。 4 ナスは1㎝くらいの輪切り、ほうれん草とトマトはざく切り、生姜はすり下ろしておきます。 5 カードは好みの大きさに切っておきます。 6 テフロンのフライパンにサラダ油を入れてナスを炒めます。火がとおって焼き色がついたらお皿にいれておきます 7 ナスを炒めたフライパンにサラダオイルを入れカードを焼きフライパンから出しておきます。 8 フライパンに油を少々足して温め、ヒング、カレー粉を入れて炒める。香りがたってきたら生姜とトマトを加え熱して、ほうれん草を入れしんなりするまで炒める。先に火を通しておいたナスとカードを加えざっと炒め、塩で味付けします。 素材を油で揚げず、カードを作る以外はフライパンひとつでできるレシピです。 残った乳清はいろいろな料理に使えます。レシピ例はクックパッド(http://cookpad.com/で検索してみてください(^_^)。
いまの季節、身近で香りのある花といえばクチナシでしょうか。 街なかを歩いているとき、遠くからただよってくる香りから木の存在を気づかせてくれるほど、かぐわしい花をつけるこの常緑低木を知らない人はいないことでしょう。 樹木に咲く花ほど香りは強く、蜂や蝶などの虫を送粉者として呼び寄せ、受粉をしていることに気づいたのは田舎での暮らしを始めてからです。 早春にはウメ、コブシ、モクレン、ライラック、初夏にはキリ、フジ、ニセアカシア、アケビ、ノイバラ、センダン、夏にはネムノキ、クズ、ヤコウボクなどの香りがあたりにただよい私たちを幸せなきもちにしてくれます。 朝のアーラティ(儀式)でいろいろな花をささげていますが、まだ目覚めていないのか、早朝は香りを出さず、時間がたつと香りはじめる朝寝坊の花もあります。バラなどは、環境や天気で香りがあったりなかったりすることもあります。 最近はバイカウツギベルエトワールという甘いフルーツの香りのする落葉低木に咲く花を毎日ささげています。クリシュナにささげるのにふさわしく、早朝から最高級の香りをただよわせてくれています。 こちらはまだ朝夕涼しく、開花も街よりは遅くなりますが、梅雨があけ、太陽が照りつける季節になるとマリーゴールドの出番になり、我が家の祭壇もオレンジ色の花に彩られるようになります。去年のこぼれ種でたくさん出た芽が小さな苗に育ち、先日畑に植えました。 今年のジャンマシュタミー祭にはマリーゴールドの花びらだけのガーランドを作ることにしています。
記・撮影 バクティン節子
花の形やデザインを見たり、その香りを嗅いだりするたびに、その美しさや不思議さに私たちは魅了され、そして驚かされます。芸術作品には、それを作った芸術家の研ぎ澄まされた知性や感性が表現されており、鑑賞する私たちは芸術家のその感性に心打たれます。 ところが、こと花になると(あるいは自然界に存在するもの)になると、それを「だれか」が作ったもの、と考える人はほとんどいません。「自然の力」と表現されるか、「最初からあったもの」と考えられ、自然界と創造者という「個人」を当てはめることはありません。 芸術家たちの感性が作品を形にしたのであれば、自然界に存在する「芸術作品」が「だれか」によって創造されたものである――と容易に結論できるはずです。 たとえばバラは、交配させることで新しい品種が作られ、数えきれないほどの名前、形、色をとおして無数に作られていますが、交配した人が作ったわけではありません。原種のバラが最初にあったのです。 自然界を愛でる人々は世界中に存在する芸術作品だけを讃えますが、知性ある人々は、その作品を作った人物、すなわち神の存在に気づき、神を讃えます。 いっぽう献愛者は、神・すなわちクリシュナという人物のあふれんばかりの芸術センスを讃えるのはもちろん、その作品を使ってクリシュナを讃えること(献愛奉仕)に没頭し、さらには私たちにその機会を与えてくれたクリシュナに感謝し、そしてまた愛情をこめてクリシュナのために働くのです。 献愛奉仕は、クリシュナと私たち生命体との愛情の交換です。クリシュナへの奉仕に「愛」がなければクリシュナはその奉仕を受けいれません。 teñäà satata-yuktänäà 「わたしは、わたしへの愛情に満たされて熱心に仕えつづける者たちに、わたしのもとに来ることのできる理解をさずける」(『バガヴァッド・ギーター』(第10章・第10節) 花は私たちが楽しむためにあるのではありません。クリシュナが創ったものをクリシュナにささげ、クリシュナに楽しんでいただき、その残り物を楽しむものです。 けさ、私たちがクリシュナにささげた愛情の印です。
初夏、外はアカシアの香りに満たされ、花の香りに特に敏感な私は幸せなきもちに包まれる。Puëyo gandhaù påthivyäà ca (プンニョー ガンダハハ プリティヴャーン チャ)――クリシュナがすべての香りの源である、ということばを思いつつ車で仕事に出かけるとき、あけひろげた窓から入ってくるその香りにうっとりする。息を吐くとそのあいだは香りを嗅ぐことができない。香りが嗅げないその時間がもったいない気がする。ゴーピーたちは、「まばたきをすればクリシュナの姿が見られない」と言い、目を作った主ブラフマーの知性を非難する。ゴーピーたちのような高尚な献愛者とはほどとおい私でも、クリシュナの香りにいつまでも包まれていたい――そんな思いをふっと味わったものである。 これがアカシアの花。 そして、けさうちのラーダー・クリシュナ、ジャガンナータ・スヴァドゥラー・バララーマに捧げた花。 どれもかぐわしい香りを漂わせる花ばかり。これからしばらく、神像たちにアーラティを捧げる楽しみな日々が続く。 |